10年前に生まれた時、ヨシキくんとユウキくんは非常に難しい状況にありました。
予定より2か月早く未熟児で生まれ、その時点で生命維持のために酸素を投与されました。
最初に生まれたヨシキくんの方が、状況は深刻でした。
生まれて数日後に脳出血との診断を受け、片方の目は血管腫でふさがれていて、水頭症もありました。
1歳の誕生日を迎えるまでに、シャント(バイパス)を挿入するための脳外科手術を受けました。
二人が2歳になったころ、ヨシキくんはすべての面でユウキくんより発達が遅れていました。
ご両親は「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」のコースを受講し、ヨシキくんの発達をうながすために家庭でプログラムを開始しました。
それから1年のうちに、ヨシキくんは話し始め、単語も読めるようになりました。
人間能力開発研究所を初めて訪問し、機能評価を受けたのはそのころです。
6か月後、ヨシキくんはすでに理解力では同年齢レベルに追いついていました。
走れるようにもなっていました。
そして同年齢の子どもたちが書くことを覚え始める6歳のころには、ヨシキくんはもう文章を書けるようになっていました。
ヨシキくんが頑張ってプログラムをおこなっているとき、ユウキくんはいつもそばにいて一緒にプログラムをしました。
二人が8歳になるころ、ご両親にはユウキくんの発達にも気になることがありました。
多動や吃音があり、読んだり、書いたりすることもうまくできませんでした。
ぐっすり眠ることもできず、かなりひどい喘息でいつもぜいぜいしていました。
ユウキくんに今までよりもさらに集中してプログラムをする必要があると、ご両親は判断しました。
ヨシキくんのそばにはいつもユウキくんがいたように、今度はヨシキくんがユウキくんを助ける番でした。
二人は一緒にプログラムを続けて、とてもうまくいきました。
高度な運動プログラムを集中的におこなって、運動面で優秀の域に達しました。
百科事典的知識のプログラムからは、幅広い分野の知識を得ました。
よい食生活も続けました。
プログラムをおこなったことによる何よりも優れた成果は、社会性が身についたことです。
それは二人の行動に表れていました。
二人は多彩な才能の持ち主です。
ヴァイオリンを弾き、歌もダンスも、とても上手です。
東京でおこなわれる人間能力開発研究所のレクチャーシリーズでは、何回もデモンストレーションを行いました。
3年前の大震災のあと二人が踊ってくれたタップダンスを見た人の目には、復興への希望と喜びの涙が浮かんでいました。
今年2月二人は「グラジュエーション・トゥー・ライフ」となり、同年齢の子どもたちと一緒に学校に行くこととなりました。
学校生活が問題なく続けられれば、2015年2月に正式にホームプログラムから卒業する予定です。
この3月に学校に行き始めた二人は、すべての学科で成功しています。
勉強は学年レベルを超えていて、運動面でも優れた能力を発揮していることは驚くにあたりません。
ますます健康になり、元気いっぱいに過ごしています。
並外れた決意で頑張ったヨシキくんとユウキくんとご両親に、お祝いを申し上げます。
お母さんとお父さんは、あらゆる困難に立ち向かって、二人の息子さんをここまで導きました。
この家族を知る人は誰もが、心に響くものを感じていることでしょう。
学校での素晴らしい結果を聞くのを心待ちにしながら、来年2月に二人がプログラムから正式に卒業する日を楽しみにしています。