発達遅滞 ジョンのサクセスストーリー


 

以前は他の子についていけなかったジョンが
今ではグループの先頭に立っています

 

生まれたときからジョンは問題を抱えていましたが、問題の改善や克服の可能性について、ご両親は誰からも希望のある言葉を聴くことはできませんでした。
精神遅滞という診断をくだされた子どもの親は、わが子の知的能力は劣っているのだと思いがちです。
その子の人生には光がさすことはないと予言されてしまうのです。
それで子どもに働きかけたり、いろいろなことをする機会を与えたりしないことが多いのです。

ジョンはアフリカのコンゴで生まれました。
生まれて数時間後、赤ちゃんの体が震え始め、急きょ新生児集中治療室に運ばれました。
敗血症との判断で、抗生物質が投与されました。
生後1年経ったころから、慢性的に耳の感染症を繰り返し、その後3年間抗生物質とステロイドが使われました。

ジョンが2歳になったとき、お母さんはグレン・ドーマンの本「赤ちゃんに読みをどう教えるか」を見つけ、すぐにジョンに教え始めました。
こんなに小さな息子に読みを教えられることに、お母さんは喜びを覚えました。
このお母さんの行動が、今日までのジョンの素晴らしい変化の始まりだったのです。

特に問題なく発達しているかに見えましたが、3歳になるころには吃音が出始めました。
この問題はどんどんひどくなり、6歳になるころには、他人にわかるように話すことが難しいほどになっていました。

 

 

読むことはできましたが
他のことは苦労の連続でした

 

言語療法も功を奏さず、ジョンは精神遅滞、発達遅滞と診断されました。
出産時の脳炎が原因だろうとのことでした。

知性面、運動面、社会面、生理面の全てに問題がありました。

グレン・ドーマンの著書を読んでいたため、人間能力開発研究所の存在を知っていたご両親は、すぐに「あなたの脳障害児になにをしたらよいか」コースに申し込みました。
コース修了後まもなく、ジョンを連れて研究所を訪れ、機能評価を受けました。

 

 

発達が速まることを期待して
ご両親はジョンを研究所に連れていきました

 

初めて人間能力開発研究所に来たとき、ジョンは6歳でした。
多動で、理解力と言語のレベルは年齢に達していませんでした。
音に対して非常に過敏で、人ごみでは自分の行動がコントロールできず、家庭にいても指示にしたがうことができませんでした。
いつも不安を感じていましたし、遊んでいるときは乱暴な子でした。
特定の食べ物に過敏で、よくアレルギー反応がでました。

多くの問題を抱えるなかで、読みの能力はジョンの「強み」でした。
他の子どもたちがやっと読めるようになってきた頃、ジョンはすでに年齢レベルをかなり超える本を読んでいました。

ジョンは人間能力開発研究所の集中プログラムを開始しました。
脳の発達を促すプログラムに、腹ばいと高ばいは欠かせないものでした。
脳をさらによい状態にするために、体操のプログラムも加わりました。

 

 

すぐに上手になりました

 

さらに、何キロも歩いたり走ったりするプログラムもこなしました。
身体能力とスタミナが向上しました。
運動面を発達させるプログラムを繰り返しおこなったことで、体調がよくなり健康になって、それが知性面での発達の助けとなりました。
これまでずっと下降線をたどっていた人生は、上向きに方向を変えたのです。
脳の発達のための働きかけを続けたことよって、すべての分野の能力が伸びました。

お母さんは、自宅の庭でオーガニックの野菜を育てるなどして、常に最良の栄養のプログラムを続けられるようにしました。

 

 

美味しくて元気の出る食事は
庭で育てた新鮮なオーガニック野菜のおかげです

 

ジョンは知的能力をさらに伸ばしています。
百科事典的知識のプログラムでは、植物、動物、人体、地理、算数、美術、音楽など、何百ものビッツカードで情報を得ました。
お母さんは研究所の指導を十分に理解していたので、ふたつのことに気をつけました。
自分自身が教えるのを楽しむことと、ジョンにとって学ぶことが簡単で楽しいものであることです。

 

 

北米の地理をお母さんと一緒に学びます
とても楽しく、簡単に学べます

 

8歳になったジョンは、運動面の能力も優秀なレベルになっていました。
地元の5キロマラソンのレースに参加し、その後2回目のレースでは10歳以下のグループで3位となり、これまでの入賞者のなかでの最年少記録をつくりました。
2か月間で合計200マイル(320キロ)を走ることが条件の200マイルクラブのメンバーにもなることができました。

 

 

クロスカントリーのレースにも参加します

かなりの難コースです

 

 

笑顔でゴールイン

 

読み、算数、全般的な知識などは、引き続き年齢以上のレベルを保っています。
学校にも入り、地域のホームスクーリング・グループでは、スペイン語、ラテン語、植物学などの上級クラスを受け、そこでもよくできる生徒です。
音に対して過敏でなくなったため、他人と接することもできるようになり、社会性も向上しました。
カブスカウトに入団し、同じ年齢の子どもたちよりも早く道具箱を作り上げることができました。
空手のレッスンも始め、クラスの子どもたちと並んで進級することができました。

 

 

 

野球が大好き

 

運動面、知性面、社会面の全てでジョンは向上を続けています。
ご両親のもとで頑張った結果が、今日のジョンなのです。
ご両親はこれからもジョンがさらに向上し続け、人生の目標を達成することを信じています。

「息子は、ハンディキャップを背負った人生ではなく、たくさんの選択肢のある人生を送るのです。息子はそれを喜んでいますし、私も嬉しいです」とお母さんは言います。

ジョンの問題は生まれつきのものであり、正常に発達することや、問題を克服することは、あまり期待できないとご両親は言われていました。
精神遅滞という診断を受けた子どもの家族は、その子の脳は劣っていると思ってしまうのです。
そうなると子どもの人生は、暗くわびしいものになってしまいます。
ジョンは家族とともに、脳は使うことで成長するということを証明しました。
何をすべきか、そのための手段を手にしたならば、健常へと向かう道を子どもに与え、その効果を見出すことができるのです。

ジョン、お母さん、お父さん、本当に頑張りましたね。
あなた方の献身的な愛と頑張りは、世界中のご両親の心に響くことでしょう。